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他愛もない日常を切り取ると そこには何が待っているの?
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2009/01/16 (Fri)                  行く末を案じる

「曇り空の月と
わが身の行く末のおぼつかなしさはいづれまたされり」
えぇ…ブログのタイトルにちなんで、古典、蜻蛉日記(上)から。
(いや、それは「かげろう」違いだ!)

って!!

ちゃらんぽらんな私がこんな古典の名文を知ってるわけないじゃん!!

はい...

「行く末」を広辞苑で引いたら載っていたので、そのまま引用したんですけどね。
ったく...いつまで経ってもちゃらんぽらん受験生のままなのですが。

え? なにか??

明日はセンター??

「センターラインをぶっとばせ」の、あのセンター?

いやいや...冗談はさておき、
ここは受験生らしく!!


「センター試験で絶対8割とってみせます!!」



…なんて、堂々宣言したいとこなんですが...

元より私立専願の私は

「明日は無関係ということで!!」

なぁ~んて、.大きく構えちゃってますが、実際、入試まで1ヶ月切ってるからねぇ…

本当は焦るところだろうけど、全く焦る気持ちにもならず...
んでもって、もっと遠い、将来のコトを案じて日々暮らしている私。

ん?



そんな私。
一ヶ月後に、なんて言葉を綴ることになるのか…

「果たして結末はいかに!!!」
to be continued...(笑)


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2008/12/26 (Fri)                  「12月、街はクリスマス気分」

タイトルはお馴染みSION「12月」の歌詞から。

とまぁ…そんな今月の一大イベントのクリスマスも昨夜で終わり、
街もそろそろ年末、大晦日と、年越しの方向に切り替わっていくのかなぁ…。

にしても、師走とは言えど、今月は時が過ぎるのが本当に早く感じるのは…
たぶん私だけぢゃないよね?

気が付けば入試まであと50日近くなってきましたが…
私の頭は空っぽで、相変わらず夢に酔っています。
この先どうなるんでしょ?

振り返れば、今年は煩悩、煩悩の日々で…除夜の鐘は108じゃ足りないように思える。

『トコロ変われど、ココロ変わらず。』

私には逆境を乗り越えるガッツはないみたいです。
まどろんでいると自ずとチャンスが逃げていく...

そろそろ走り出さねば。
よいお年を。


 

2008/11/29 (Sat)                  「大人論」 その3

3.現代社会に生きる「大人」たち


「来春から働いてもらうから」

そう口にした大人が、裏切ったそうだ。


今朝の朝日新聞の社説(11月29日付)のタイトルは
「若者の未来を裏切るな」だった。

記事によると、少なくとも331人の大学生や高校生らが、
いったん決まった採用の内定を一方的に取り消されたそうだ。


大人が裏切った。

そう考えるのは愚かなことだろうか?


それにしても、麻生総理の発言ひとつをとっても、
政治家の発言って大人らしくないとつくづく思ってしまう。

確かに、「らしく」ない大人は尊敬できる…と言った。
だが、「らしく」ないにも程がある。

つまりは、社会に生きる人間としての「らしさ」は失ってはいけないと思うのだ。


私が尊敬する「大人」の方は、”自己を確立”されている方が多い。
自己を確立するにあたって、様々な困難にぶつかった方もいらっしゃると思う。

その困難を乗り越える段階で、培われてきた知識と見解
それは確実に「自分のもの」になり、
揺らぐことのない確固たる自信につながったのではないだろうか。

私が尊敬する方々に「堂々と意見」を言える方が多いのはそのせいだと思われる。

そしてその自信が、世代を問わず「自然体」で付き合うことや、
様々な「時代感」を受け入れる柔軟性という「大人」を形成したように感じる。


う〜ん…話を戻すと…、
麻生総理も、企業幹部も、「揺らがない確固たる発言」をお願いしたいものだ。


それが、大人ってことじゃないの???
なぁ〜んて…生意気なコト、言ってみる。

(完)
2008/11/29 (Sat)                  「大人論」 その2
2.「大人」もまだ未完成なのかなぁ??

今週読んだ山田詠美の「ぼくは勉強ができない」「A2Z」の2作品に描かれていた
「大人像」もこの些細な”気付き”に大きく影響していると思う。

「ぼくは勉強ができない」で描かれている主人公、時田秀美を取り巻く大人たち。
その大人たちの敷居は決して高くないように感じられた。

番外編「眠れる分度器」で登場する”教師魂”に燃える小5の頃の秀美の担任。
彼は、「自分の未熟さに気付きながらも、懸命に大人を振舞う教師として描かれているのだが、
その対比として、秀美の母親が描かれていてるのが、また面白い。
一流大学を出たとされている母親の仁子は”大人らしさ”なんて強調していない。
いわば、「いつも自然体」なのだ。


秀美の尊敬する大人たちは「らしさ」を主張しない。
そして、そんな大人こそ、私たちからすると本当に尊敬できる存在であったりする。


私はこの夏幸運なことに、「らしさ」を強調しない大人に、
めぐりあうことができた。
それは、私の価値観を大きく揺さぶる衝撃的な出会いとなったはずだ。


私の「大人」と宣言される儀式が、2年後に迫ってきた今、
ほんの少しだけ「大人」という存在が分かったような気がする。

私自身は、これからも「らしさ」を強調せずに、
違う「時代感」を持つ「人間」とおおいに付き合っていく所存だ。

いつまでも完成した「大人」なんて言わせない!!
生意気にも、「子供」の私はそう思ってしまうのだった。
2008/11/29 (Sat)                  「大人論」 その1
今朝、新聞を読んでいて…ふと思ったことがある。

それは「大人」という存在についてなんだけど、
なんか、これを書きながらも私の中でまだまとまっていないような気がする。
が、ひとまず項目ごとに書いてみよう…。


1.異なる時代感を持つ「大人」たち


東大の総長が来年4月から変わるそうだ。
初の戦後生まれである次期総長は、学生運動の最中の大学生活を送った者の一人だ。

「あぁ…そうか。」 と、思った。

私がこれから出逢うであろう、尊敬すべき教授陣は
おおよそ、私たちと全く違う時代に生きた「大人」なんだって。

最近テレビ番組などで、その大人たちの顔を目にする機会がある。

私が最近ハマっているNHKの番組、「爆笑問題のニッポンの教養」
お目にかかるその大人たちは、
私の目にいつも魅力的に映っている。

その大人たちのコトバは、常に私に「新しい発見」を与えてくれているのも事実だ。

だが、考えみればいつの時代も、上に君臨している人間は、
一世代前の時代を謳歌し、その謳歌した時代に培った価値観を
抱えて生きているということに気が付いた。

つまり、その大人たちが言うことは
決して「新しい」わけではないってことでは??

なぁ〜んて、生意気なことを書いてしまったが、
「時代感」というのは、いかなる分野でも重要視したい感覚なんじゃないかなぁ…
と、思うのだ。

学生運動に関わっていた大人と、バブルを生きた大人とは違う。

またさらに、失われた10年に生きた大人と、
平成時代に生きた次なる大人の私たちとも違うであろう。

こうやって違う「時代感」を持った人間が共存しているのが、今日の社会というわけだ。

そんな当たり前のことに、気付いた自分がいる。
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プロフィール
HN:
TOKO
性別:
女性
自己紹介:
日本列島は最南端の在住
通信制高校卒
只今、予備校通いの浪人生。

興味分野は
ジャーナリズム
ジェンダー

そして、
国際関係学
経済学
政治学
哲学など。

ちなみに趣味は音楽♪
・ 楽器はピアノとギター(練習中)
・ 鑑賞にジャンルは問わず
・ J-POPは王道サザンの楽曲好き

かなりのミーハーで、
福山雅治の大ファンです。
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